■(資料)圧力容器劣化の危機にさらされている福井の原発(2012年3月15日)
福井原発の再稼動差し止めを求める大津訴訟の住民原告側が提出した「経年劣化する原発群について」井野博満・東京大学名誉教授の論文の概要を以下紹介します。
1.老朽化する日本の原発
日本の原発は1970年運転開始の敦賀1号と美浜1号を皮切りに55基(軽水炉以外を除く)が建設・運転された。70 年代に運転開始した原発14
基を抱えている日本は、アメリカと並んで「老朽化先進国」といえよう。この70年代運転開始の14基のうち、関西エリアの原発は敦賀1号、美浜1号・2号、高浜1号・2号、美浜3号、大飯1号・2号の8基に達し、過半数を占める。福井県に集中する原発13基中8基がこのような高経年化=老朽化原発である。材料劣化・機器劣化による事故の危険性が最も高いのは関西エリアであると言わざるを得ない。
2.原発の寿命はどのように想定されていたか
原発の寿命は、もともと決めていなかったなどと事業者や経産省は言っているが、PWRは30年、BWRは40年を想定して圧力容器の設計がされている。1970年代当時、事業者の設置許可申請書には、そのような寿命を想定して中性子照射脆化の評価をおこなっている。1980年代に日本原子力研究所の研究者が書いた論説でも、40年と想定して議論を展開しており、40年寿命が共通認識だったと思われる。
3.寿命延長スキームの問題点
90年代以降、30年を超えて運転しようとする原発は、事業者が「高経年化技術評価書」を保安院に提出し、最長60年まで10年ごとに再評価を受けることになった。今まで21基の原発が30年を、3基が40年を超える運転が認められた。このなかには福島第一1号~4号機がすべて含まれている。福島原発の事故原因として老朽化が疑われるのは当然であろう。現在、3基の原発が寿命延長を申請中である。40年超の延長を申請しているのは、運転開始40年を迎える美浜2号、30年超の延長を申請しているのは、伊方2号と福島第二1号である。
4.高経年化対策と金属材料の経年劣化現象
一般に、金属材料の劣化原因で大きな比重を占めるのが疲労と腐食である。原子炉では加えて照射脆化が加わる。疲労は、小さな力でも繰り返し作用することで劣化する現象で、加熱と冷却が繰り返されて起こる熱疲労と機械的振動による疲労がある。腐食は、いわゆる“さびる”現象で、金を除いてすべての金属が多かれ少なかれ腐食する傾向をもつ。
応力腐食割れ(SCC)は、局所腐食により生じる割れの一つで、東京電力の全原発を停止に至らしめた。現状でSCCを起こさない材料は開発されておらず、SCCを完全に防ぐ方策もみつかっていない。
配管減肉の原因としてこわいのが流体による浸食と腐食(全面腐食)が同時進行する現象で、2004年4月美浜3号機二次系配管で発生した、傷ましい死傷事故はいまだに記憶に生々しい。
照射脆化は、原子炉特有の劣化現象である。中性子照射が関係する劣化現象としては、照射誘起応力腐食割れ(IASCC)がある。炉心からの中性子をあびることによって、SCCを引き起こす現象である。
5.圧力容器の中性子照射脆化
原子炉圧力容器が割れてしまうような事故の場合、核反応の暴走を防ぐ手だてはほとんどない。その危険の目安となるのが脆性遷移温度である。鋼はふつう、力を加えても変形するだけだが、ある温度より低い温度では、陶磁器のように、小さな力で割れてしまう。この境界の温度を脆性遷移温度という。
原子炉の緊急事態には、緊急炉心冷却装置(ESSC)で炉心を急速に冷やさねばならないが、脆性遷移温度が高いと、その操作が危険になる。熱衝撃(PTS)でバリンと圧力容器全体が破壊してしまう危険がある。原子炉圧力容器では、中性子線を浴びて、この脆性遷移温度が上昇してゆく。
原子炉設計では、脆性遷移温度を予測しておかねばならない。そのために加速試験をおこなうが、前提がある。中性子の照射する速さや時間がちがっても、照射した総量が同じならば、結果は同じになるというものだが、この前提はあやしいということがわかってきた。
炉内の通常試験片と加速照射試験片の脆性遷移温度の測定結果が合わないことがはっきりしてきた。敦賀1号炉や福島第一1号炉など、鋼中に不純物を多く含む圧力容器で、とくにその傾向が歴然として現れた。監視試験は改訂され、改善が図られた。だが、改善された予測式でも、敦賀1号炉溶接金属の高い脆性遷移温度の上昇は説明できない。
日本の原発圧力容器の脆性遷移温度を高い順に並べてみると、ワースト①は玄海1号炉である。この炉は最近の監視試験結果(2009年4月時点)で、前回1993年2月の56℃から42℃も上昇した。ワースト②~⑤は、いずれも福井県にある関西電力の炉である。とくに美浜1号・2号は1990年代の初め頃から高い脆性遷移温度が観測されていて、その運転継続に危惧がもたれてきた炉である。
6.玄海1号炉圧力容器の想定外の照射脆化
九州電力は、2009年4月の定期検査で取り出した玄海1号炉監視試験片の脆性遷移温度が98℃に達していると公表した。日本で観測された圧力容器の脆性遷移温度は美浜1号炉溶接金属の81℃が最高だった。玄海1号は日本一危険な原子炉になった。しかも重要なことは想定外の脆化だったことだ。前回の監視試験結果(1993年2月)では脆性遷移温度は56℃であった。それが予測に反して42℃も上昇した。ばらつきによる誤差を加えた予測上限を大きく超える脆化が起っているのだ。
最新の予測式でも、玄海1号炉の照射脆化挙動はまったく再現できない。そのような予測式をもとにして推測してみてもなんの意味もないことである。
炉内に置かれている試験片は、圧力容器鋼材と同一の加工処理・熱処理を受けたものであると説明される。鋼材中不純物の濃度に著しいばらつきがあったのではないかという疑いを抱かざるを得ない。
2011年7月に地元住民団体の要求によって開示された監視試験生データをみると、溶接熱影響部の脆性遷移温度が母材にくらべて著しく低くなっている。溶接熱影響部は、母材と同一の素材である。ふつうに考えれば、母材と同一か、溶接熱によって脆化が進むと考えられる。それが逆に低いのは奇妙である。玄海1号炉の圧力容器鋼材は1960年末ないし70年代初頭に製作されたと考えられる。この頃は日本の圧力容器鋼材製造の黎明期で、材質上の問題がクリアされていない心配がある。
美浜1号・2号、高浜1号・2号など若狭湾に並ぶ古い原発は、玄海1号炉と同時期ないしそれ以前に製造されており、注意を要する。
7.若狭湾にある老朽化原発の照射脆化
若狭湾にある13基の原発(もんじゅを除く)のうち8基(運転開始順に敦賀1号、美浜1号、美浜2号、高浜1号・2号、美浜3号、大飯1号・2号)が1970年代建設・運転開始の老朽化原発で、すでに30年以上経っている。残りの5基(高浜3・4号、敦賀2号、大飯3・4号)も、最も新しい大飯4号が1993年運転開始で、すでに20年前後を経過している。劣化は進んでいると考えるべきであろう。
圧力容器の照射脆化という観点からすれば、玄海1号に次ぐワースト②から⑥(高浜1号・2号、大飯2号、高浜1号、敦賀1号)はすべて若狭湾にある。美浜1号・2号の母材および溶接金属の脆性遷移温度が高いこと(80℃前後)は以前から指摘されてきたことで、特に注意を要する。さらに、大飯2号(1979年12月運転開始)が2000年3月で70℃に達した。
美浜1号炉「容器の技術評価書1.原子炉容器」にはPTS(熱衝撃)評価結果が掲載され、圧力容器の破壊は起こらないと評価されている。しかし、この評価が確実かどうかについては、元のデータや計算パラメータが公表されておらず、データの信頼性についての検討や判断ができない。美浜2号炉も廃炉を含めて検討すべきである。
8.終わりに
原子力発電は特別な技術である。核分裂反応の制御に失敗すれば、核暴走(核爆発)を引き起こす。核分裂反応を事故時に制御できたとしても、いわゆる死の灰が出す崩壊熱を除去できなければ、メルトダウンを引き起こす。
原子炉で用いられる機器や材料は、ごくありふれたものである。多くの弁、ポンプ、モーター、配管は、通常の工業製品と本質的にかわらず、材料もふつうの工業材料である。再循環系配管で用いられているステンレス鋼は、台所の流しや食器に使われているステンレス鋼とほぼ同じである。
金属材料はさまざまな原因で経年劣化する。家電製品であれば、故障の修繕費が割に合わないと感じるようになったとき、新品と交換することになる。しかし、安全にかかわる機器はそうはいかない。自動車や電車、航空機、船舶、工場設備などは、安全性を優先して、(コスト的には損でも)古い製品を使い続けるのをやめるという選択がなされねばならない。原発はその最たるものである。
古い原発を、まだ使える、まだ使えると、部品を交換し、だましだまし使い続けるのは、きわめて危険である。まして設計時に想定した年月よりも長い期間使い続けるというような考え方・判断は、はなはだ不適切なものである。
表 原子炉圧力容器脆性遷移温度(ワースト7)
順位 ユニット名 型式 運転開始 分 類 脆性遷移温度 中性子照射量
① 玄海1 号 PWR 1975.10.15 母材 98℃ 7.0×10^19n/cm2
② 美浜1 号 PWR 1970.11.28 母材 74℃ 3.0×10^19n/cm2
溶接金属 81℃
③ 美浜2号 PWR 1972.7.25 母材 78℃ 4.4×10^19n/cm2
④ 大飯2 号 PWR 1979.12.5 母材 70℃ 4.7×10^19n/cm2
⑤ 高浜1 号 PWR 1974.11.19 母材 68℃ 1.3×10^19n/cm2
⑥ 敦賀1 号 BWR 1970.3.14 母材 51℃ 0.094×10^19n/cm2
溶接金属 43℃
⑦ 福島第一1 号 BWR 1971.3.26 母材 50℃ 0.09×10^19n/cm2
(出典:原子力資料情報室「原子炉圧力容器鋼材の監視試験結果一覧」)