■資料・北川ダム計画の問題と安曇川の治水対策に関する調査報告書(2003年6月18日)
北川ダム計画の問題と安曇川の治水対策に関する調査報告書
2003年3月
国土問題研究会 北川ダム問題調査団
目次
はじめに
1.安曇川流域の概要と水害
1.1 安曇川流域の概要
1.2 安曇川流域の水害について
2.安曇川の治水計画とその問題
2.1 安曇川の治水計画の概要
(1)安曇川の治水計画
(2)安曇川の基本高水の決定方法
2.2 過大に算定された基本高水の問題
(1)計画規模の妥当性
(2)基本高水流量の決定に関する問題
3・ダム計画とその問題
3.1 北川ダム計画
3・2 ダム計画および導水路計画の問題
4・流域の地形条件に適った治水対策の提案
4・1治水対策の考え方
(1)今日の治水対策のあり方
(2)答申に示された具体的な治水対策
4.2 基本高水流量の見直しによる河川改修の検討
4.3 安曇川に求められる今日的治水対策
おわりに
はじめに
「環境破壊や税金の無駄使い」など、いわゆる「公共事業問題」が顕在化して既に久しいが、それらの中でもダム事業はとりわけ大きな問題をもっており、全国各地で見直しの議論が盛んになされている。
滋賀県を含む淀川流域においても、1997年の河川法の改正を受けて、「河川整備計画」について学識経験者等から意見を聴く場として、2001年2月に「淀川水系流域委員会」が設置された。同委員会は、2002年5月に「中間とりまとめ」を提出し、これに対する一般からの意見募集なども行って議論を深め、2003年1月に提言「新たな河川整備をめざして」を国土交通省近畿地方整備局に提示した。ここでは、河川環境の整備と保全、地域の意見の反映、住民参加による川づくりなどが強調されており、ダム建設に関しては「ダムは、自然環境に及ぼす影響が大きいことなどのため、原則として建設しないものとし、考えうる全ての実行可能な代替案の検討のもとで、ダム以外に実行可能で有効な方法がないということが客観的に認められ、かつ住民団体・地域組織などを含む住民の社会的合意が得られた場合にかぎり建設するものとする。」と述べられ、琵琶湖流域で国土交通省直轄事業として進められている2つのダム計画(大戸川、丹生)の中止を提言したことが注目される。また、2000年12月の河川審議会答申に盛り込まれた「氾濫を許容する治水」などの治水方法に関する検討はないものの、明治時代から続けられてきた治水事業の方法に関する反省もなされている。
一方、琵琶湖西北に位置する安曇川は滋賀県の管理に属する一級河川で、北川第一、第二、針畑川の3つのダムが治水対策として計画されている。安曇川は流域のほとんどが山間部からなる清流で、アユをはじめとした漁業が盛んであるが、関係者の間ではこれらのダムによる河川環境の悪化の問題が懸念されている。
このような中で、国土問題研究会は2002年7月に日本共産党滋賀県会議員団より安曇川流域のダム計画についての調査依頼を受けた。現地調査は2002年11月23日に行われた。現地調査に先立って、滋賀県が作成した「淀川水系安曇川 北川治水ダム事業計画書」(以下においては、事業計画書あるいは計画書と略称する)を中心とする資料を検討し、調査後に空中写真を用いて流域の地形の理解を深めた。
本調査報告書は、国土問題研究会が行った上述の現地調査と資料検討の結果をまとめたもので、河川工学と河川計画の専門家が関わった。
2003年3月
国土問題研究会 北川ダム間題調査団
1・安曇川流域の概要と水害
1.1安卓川流域の概要
安曇川は、流域面積約300km2、流路延長約52kmの滋賀県管理の一級河川である(計画書1頁)。図一1.1に流域の概要図を示す。
安曇川流域の下流部約10kmは平地部で集落や農耕地が広がるが、上流部ほ急峻な山地からなっている。山地部の地質は古生層よりなるが、安曇川本川の流路はA級の活断層といわれる花折断層に沿っている。
安曇川の特徴を述べると、上流部の河道の形状は深い掘り込み状となっているため、洪水が氾濫しても浸水は局地的な範囲に納まると考えられ、全川的な河川改修は不要である。下流部の河道形状は築堤となっているが、周辺の土地利用は農耕地が主で、集落が散在している。
空中写真を用いて調べると、下流部では場所毎に特徴があることがわかる。安曇川合同井堰より下流常盤木地区までの区間は谷幅1~1・5kmの谷底平野の中を安曇川が流下している。ここでは、河岸段丘が形成されており、長尾、上古賀、中野、南古賀の集落は河岸段丘上の高い位置にある。また、下古賀の集落は支流が運んだ土砂で形成された地盤が高い場所に位置しており、この区間では安曇川が氾濫しても人家に被害が及ぶことはほとんどないと考えられる。谷底平野の地盤が低い場所は農地として利用されており、この区間では安曇川の堤防は不連続の霞堤方式になっており、大洪水時には堤防の不連続部分から農地に洪水が流入する。霞堤とは、不連続にした堤防を雁行状に配置し、上流側に向かって開口させたもので、その目的は、
①一定規模以上の洪水時に開口部から洪水を溢れさせることにより下流部への洪水量を軽減する、
②上流部での氾濫流を速やかに河道に戻す、
③樋門などの構造物なしに支川からの合流処理をスムーズにさせる
等である。
これらの地形的特徴を見るために、下古賀から南古賀にかけての安曇川周辺の1975年(昭和50)年撮影の空中写真を写真-1.1に示す。
写真において安曇川は左から右方向に流下している。写真の中央部から下流右岸側に河道から少し離れて波状の樹林帯が見られる。この樹林帯は下流側で再び河道の右岸側につながり、ここで堤防は不連続となっている。またこの樹林帯を境にして河川側の地盤高さが急激に低くなっており、堤内側(写真下側)が平坦な微高地、つまり河岸段丘となっている。南古賀の集落はこの河岸段丘上の安全な場所に位置していることが分かる。また上記の堤防が不連続な部分は霞堤となっている
写真中央部から上流寄りの左岸側からほぼ直角方向に支川が合流しており、この山際の部分に下古賀の集落が見られる。この部分は北側の山地(写真上方)から出てきた支谷が形成した複合扇状地上にあり、安曇川の氾濫に対しては安全な場所に位置していることが分かる。
常盤木地区より下流域では扇状地が形成されている。扇頂部付近の河道は不安定であるため、常盤木地区から安曇川大橋までの区間は左右岸に河川区域が膨らんでおり、河川領域が非常に大きくなっている。この区間に特徴的な治水施設としては、今日めずらしくなった二線堤が現存していることである。二線堤とは、通常の洪水時には河川寄りの堤防(第一線の堤防)が機能して背後(堤内側)は農地等に利用されており、それ以上の規模の洪水時にはこの堤防から洪水が溢れ、それらの耕地に浸水するが、さらにその背後に築かれた二線堤がそれ以上の浸水を食い止めるようにしたものである。これを土地利用する側からみた効果としては、普段は川幅を大きくせずに耕地面積を稼いでおき、一定規模以上の洪水時に限定的に浸水を許容しようとする発想のもので、洪水との合理的な付き合いの智恵が生きている事例として特筆されるべきことである。二線堤の概念図を図-1・2に示す。
この二線堤は、安曇川大橋から常安橋上流にかけての右岸側約1500mにわたって見られるもので、特に常安橋付近では、農耕用道路の部分で堤防に切り欠き部があるが、浸水時にはこれを閉塞するための角落とし構造が健在であった(写真-1・2)。この二線堤部分では、昭和28年水害以来浸水の実績はないが、現在も草刈りなどの手入れが行われ、常磐木の集落を守る役割を果たしている。ただ昭和28年水害時に右岸堤防が決壊した安曇川大橋のところでは、右岸側から橋までのアプローチ部分の道路が土手構造となっており、浸水時に洪水を下流に流下させる上で妨げとなる恐れがあると思われる。
上記と同様にこれらの地形的特徴を見るために、常盤木地区の安曇川周辺の昭和50年撮影の空中写真を写真-1.3に示す。
写真において、安曇川は左から右方向に流下している。写真の右側(下流側)の河道は河川の堆積地形と見られる広がりを見せ、広大な樹林地となっているが、現在はゴルフ場などに利用されている。この樹林地の上流右岸側に河道から少し離れた位置に堤防と並行する樹林帯が見られるが、これが上記の二線堤である。常磐木地区の十八川集落はこの二線堤の外側に位置しており、集落の東側を川側に向かう道路が二線堤と交差する部分に堤防の切り欠き部がある。
写真の中央部両岸の農地の区画形状からは、旧河道の痕跡が多く認められ、かつては大洪水ごとに河道線形が定まらなかった様子がうかがわれる。
安曇川大橋から上流では河道沿いに遊水地形が広がっており、安曇川大橋から下流の区間では、連続堤防が築かれ、洪水を溢れさせない治水方法が採られている。
以上のように、安曇川では地形に適合した治水方法が採られており、堤防周辺には水害防備林(竹林)があるところが多く、洪水の氾濫時に破堤を防いだり、土砂の流出を食い止める役割を果たしている。また、20~30年前に比べると、広瀬橋より下流は全体的に河床が1mほど下がっているということである。これは高度成長期の砂利採取の影響であると考えられている。このために最近は洪水による被害が少なくなって、安曇川の安全度が高くなっていると考えられる。
治水対策においては、上記のような特徴を活用することが重要である。
1.2 安曇川流域の水害について
安曇川町史によると、昭和28年9月の13号台風による洪水では、日降水量198mmの豪雨によって大増水し、青柳で100m、川島で300mにわたって安曇川右岸堤防が決壊して、広範な地域が泥水に浸かり、集落が孤立状態になった。特に青柳の二ッ矢では、13戸のうち10戸までが濁流に流され、13人の犠牲者を出した。
県や町の資料によると、その後は大きい水害は発生していないことがわかる。農地への浸水被害は年々減少する傾向にあり、浸水面積は昭和30年2月洪水(融雪洪水)で500ha、昭和40年9月洪水で129ha、昭和46年8月洪水で94ha、昭和58年9月洪水で35ha、平成2年9月洪水で1.4haとなっている。これは昭和32年度から実施された中小河川改修事業によって河川改修が進んだことと、昭和40年代以後河床が1mほど下がったことが大きいと考えられる。
県の事業計画書(1頁)によると、「過去においても、多くの被害をこうむったが、特に昭和28年13号台風、昭和36年第2室戸台風及び昭和40年24号台風の各洪水において甚だしかった。」と述べられており、安曇川の治水計画の計画規模を1/100と設定する重要な根拠となっている。しかし、中小河川改修事業の実施と近年の河床低下という条件のもとで、上記の洪水が発生しても同様の被害は発生しないと考えられる。この場合にどのような被害が発生するかを検討する必要がある。
2.安曇川の治水計画とその問題
2.1安曇川の治水計画の概要
(1)安曇川の治水計画
昭和32年度より、河口部より6・9kmの区間で中小河川改修事業が実施されてきたが、「みずたま君通信第3号」によればその確率規模は1/30とされている。
その後立案されたダム計画では計画規模を1/100として、計画基準点常安橋地点における基本高水のピーク流量を3200m3/sとし、北川第1、第2および針畑川の3個のダムにより洪水調節し、常安橋における計画流量を2100m3/sに低減する計画である。県の事業計画書(71頁)によると、安曇川の治水計画の基本になる流量配分図は図-2・1に示すようである。
図において、[ ]のついている数値が基本高水流量である。治水対策においては、河道と洪水調節とを総合して治水計画を立てる場合には洪水のハイドログラフが必要であり、計画基準点において計画の基本となる洪水のハイドログラフを設定する。これを「基本高水」という。上記の洪水のハイドログラフのピーク流量を基本高水流量と言う。これはダムで洪水調節をしない場合の流量である。なお、流量の時間的変化をグラフで表したものをハイドログラフという。
一方、[ ]のついていない数値は計画高水流量である。洪水防御計画においては、基本高水を合理的に河道、洪水調節ダム等に配分して、各地点の高水流量を決定する。これを「計画高水流量」と言い、ダムで洪水調節をした後の流量である。
北川第1ダムの洪水調節量を増加させるために、朽木村犬丸の集落の上流で北川に合流する小支川の洪水を分流して北川第1ダムに導く導水路が計画されている。図においては、この導水路の流下能力の30m3/sが記入されている。
県の事業計画書(72~73頁)によると、北川第1ダムおよび第2ダムの洪水調節図はそれぞれ図-2.2(1)および図-2.2(2)に示すようである。図において実線はダム地点流入量のハイドログラフであり、破線はダム地点放流量のハイドログラフである。北川第1ダムの場合には上述の導水路計画が加わるために図が複雑になっている。図-2.2(1)において、導水量の計算値が26m3/sであることがわかる。
計画書71頁によると、両ダムでダム地点の合計の計画高水流量600m3/sのうち490Ⅲ3/sを調節し、ピーク流量流入時に110m3/sを放流する計画である。なお、最大の合計放流量は131m3/sである。計画書74頁の表-1.25によると、このような洪水調節を行った結果、常安橋基準点での洪水調節効果量は395m3/sである。
(2)安曇川の基本高水の決定方法
県の事業計画書によると、滋賀県が行った基本高水の決定の方法は次のようである。
安曇川の治水計画の計画規模を1/100と設定している(計画書1頁)。明治38年~昭和58年の79年間の雨量資料を用いて、流域平均の計画降雨量を490mm/2日としている(計画書25頁)。計画対象降雨としては、引き伸ばし率が概略2・0以下の7降雨を選定している(計画書35、49頁)。ここで、引き伸ばし率というのは実績の降雨パターンを計画降雨量になるまで引き伸ばす際の倍率を言う。
流出解析には貯留関数法を用いて(計画書58頁)、計画対象降雨に対する洪水のハイドログラフを計算している。7つの計画対象降雨に対する流出解析結果(計画書35、49頁より編集)は表-2・lの通りである。7降雨のうち、基準点において第2位となる流量を与える昭和28年9月降雨から得られる流量(3,129m3/s、カバー率76.7%)を採用して基本高水流量を3,200m3/sとした(計画書49頁)。
洪 水 雨量(mm) 引き伸ばし率 計算ピーク流量(m3/s) カバー率(%)
1 S・46.8 377.4 1・30 3528 90・0
2、 S.28.9 460.5 1.06 3129 76・7
3 S.40.9 309・0 1.59 2933 63.3
4 H.2・9 323.2 1・52 2681 50.0
5 S.34・9 305.3 1・60 2348 36・7
6 S.58.9 239.4 2.05 2187 23・3
7 S・34.8 386・4 1.27 2176 10.0
2・2 過大に算定された基本高水の問題
(1)計画規模の妥当性
県の事業計画書の「1.計画の主旨」のなかで、過去の水害と下流域の開発状況を考慮して、「計画規模を1/100とした基本高水、計画高水流量の検討を行う」と記載されているが、河川の規模、流域の土地利用、人口規模・密度等から考えて1/100は過大である。
「建設省河川砂防技術基準」(案)では、河川の重要度を重視して定めることとして、次のように記述されている。
河川の重要度と計画の規模
河川の重要度 計画の規模(計画降雨の降雨量の超過確率年)
A級 200以上
B級 100~200
C級 50~100
D級 10~50
E級 10以下
そしてこの「河川の重要度」の解説として、
「一般に、河川の重要度は1級河川の主要区間についてはA級~B級、1級河川のその他の区間および2級河川においては、都市河川はC級、一般河川は重要度に応じてD級あるいはE級が採用されている例が多い。」
と述べられている。
安曇川の河川の規模、流域の土地利用、人口規模・密度等から考えて、ここではD級程度と設定するのが妥当な水準と考えられる。
そもそも既存の中小河川改修事業の計画で不十分であったのか、昭和28年以降本川の氾濫・破堤による災害は記録されていないという過去の災害実績等から考える必要がある。
昭和32年度より中小河川改修事業を実施中(計画書1頁)とされているが、その途中に計画規模が引き上げられダム計画が登場しているのは、根拠が薄弱で不自然である。通常このようなことが想定されるのは、既存計画の確率規模を上回るような激甚災害が発生したような場合で、それらを契機に計画の規模を引き上げることである。しかし安曇川では昭和28年に堤防が決壊して13名が死亡する災害が発生しているものの、それ以後は本川の決壊などは記録されていない。現在実施中の中小河川改修事業はこの28年災害を契機にしたものと考えられるが、それ以後は大きな災害は記録されていない。計画書において「著しい地域開発の状況を考えると、その治水安全度は、低きに失しており、治水計画の改訂が急務となっている」と記載されているが、単に抽象的に表現されているだけで、地域開発の実態はそれほど顕著なものではない。
これらの実態からすると、本事業計画において計画規模を1/100としたのは、単にダムを計画するためだけに計画規模を引き上げたものと考えられる。つまり既存の改修計画に代えてダムを計画した場合には、実施済の改修工事等の成果が無用化することとなるため、計画規模を引き上げて基本高水流量を水増しすることにより、これらの矛盾が起こらないようにしようとするもので、こうしたやり方は行政が常套手段のようにしているものである。
(2)基本高水流量の決定に関する問題
表-2.1の流出解析結果をもとにして、安曇川のカバー率と流量の関係を図-2.3に示す。先述のように、県の事業計画書においては、カバー率76.7%に対応する基本高水が採用された。
一方、「建設省河川砂防技術基準(案)」においては、
「このカバー率は,ほぼ同一の条件の河川においては全国的にバランスがとれていることが望ましい。
上述の方法によればこのカバー率は50%以上となるが,1級水系の主要区間を対象とする計画においては,この値が60~80%程度となった例が多い。…・」
と述べられている。
すなわち、カバー率50%の流量(この場合は2,712m3/s)が統計理論から導かれる基本高水流量であり、「建設省河川砂防技術基準(案)」で例が多いとされている60~80%の中間のカバー率70%の流量(この場合は3,076m3/s)を採用することにすると、県の事業計画における3,200m3/sという基本高水流量は若干大きめであると言える。ここでこれらの数値の差はわずかのようであるが、これが北川第一ダムへの導水トンネルという余分な事業の根拠になっていることに注意を要する。このことの問題については後に詳述する。
なおここで、滋賀県議会において土木部長が「カバー率を下げることは治水安全度を下げることとなる」という趣旨の答弁をおこなっているが、これは議論のすり替えであり、正しい議論でないことを指摘しておく。
ここで言う「治水安全度」というのは採用した確率規模、つまりここでは計画降雨の大きさを100年確率としたことを指すのであって、カバー率のことではない。上述のようにカバー率50%の流量を採用した場合の「安全度」が100年確率と言えるもので(計算が正しいとして)、逆に100%に近い最大値を採用した場合には「安全度」が過大であることを意味する。
3・ダム計画とその問題
3・1北川ダム計画
県の建設省所管公共事業評価監視委員会資料「北川治水ダム建設事業(北川第1ダム 北川第2ダム)平成10年11月12日 滋賀県」によると、北川治水ダム建設事業は昭和61年度に実施計画調査に着手、平成元年度に建設事業に着手したことになっている。調査としては実施計画調査の前に予備調査があり、ダム事業が経済的・技術的に実施可能かどうかを検討するのに対し、実施計画調査は事業を前提としたもので、この段階では基本計画を定めるための調査等が行われる。また、事業着手に関しては、本工事実施はもちろんであるが、その前段階の詳細設計や用地取得等の段階から事業着手としている。全体事業費430億円のうち、平成10年までの事業費は49.5億円で、この時点での進捗率は11.5%である。
県の事業計画書(128頁)によると、北川第1ダムおよび北川第2ダムのダムおよび貯水池の諸元は表一3・1に示すようである。これらの内主な特徴をあげると、北川第1ダムは堤高が53m、堤頂長が204m、集水面積が27km2、総貯水容量が943万m3、有効貯水容量が853万m3で、別の流域から導水路(3.2km)で30m3/sを流入させる計画になっている(計画書71、143頁)。北川第2ダムは堤高が62・5m、堤頂長が272m、集水面積が20km2、総貯水容量が994万m3、有効貯水容量が914万m3である。両ダムとも、重力式コンクリートダムで、洪水調節はオリフィスによる自然調節方式である。先述のように、両ダムでダム地点の合計の計画高水流量600m3/sのうち490m3/sを調節し、ピーク流量流入時に110m3/sを放流する計画である。なお、最大の合計放流量は131m3/sである。このような洪水調節を行った結果、常安橋基準点での洪水調節効果量は395m3/sである(計画書74頁)。
針畑川にも針畑川ダム計画があり、ダム地点の計画高水流量921m3/sのうち721m3/sを調節し、ピーク流量流入時に200m3/sを放流する計画である。このような洪水調節を行った結果、常安橋基準点での洪水調節効果畳は636m3/sである(計画書5、62、74頁)。
3・2 ダム計画および導水路計画の問題
河道の連続性を遮断して設けられるダムは、流域の自然環境に計り知れない影響を与えることは明らかであり、流域の安全のためといえども、その採否には慎重であるべきは言うまでもないことである。また超過洪水時にはダムからは計画最大放流量よりもかなり大きい流量が放流される可能性が大きく、最悪の場合には流入量に等しい流量が放流されることになるため、他の治水方法によるよりも、下流で大きな被害を発生させることになる。このようにダムは超過洪水に対して無力であることなど、決して万全の施策でないことも明らかである。したがって、治水対策を立てる際には、ダム建設は最後の手段とするべきである。
北川第2ダムのダムサイトは谷幅が広く、ダムを建設する上で適地であるとは考えられない。そのために274mもの堤頂長(北川第1ダムの場合は204m)が必要であり、北川第2ダムの有効貯水容量は914万m3と北川第1ダム(有効貯水容量:853万m3)と比較するとそれほど変わらないにもかかわらず、堤体積は北川第1ダムの2・4倍にもなっている。
図-2.2(1)からわかるように、僅か26m3/sの洪水を流域変更して導くために導水路が計画されている。一方、解析結果から得られる基本高水流量は3,129m3/sであるにもかかわらず、これを切りめよい数値とするために3,200m3/sに切り上げている。この差は71m3/sにもなり、上記の26m3/sの2・7倍にもなる。すなわち、計算誤差の半分以下の洪水調節量を増加させるために導水路が計画され、後述するように約38億円の余分な建設費を使用することになる。
また、北川第1および第2ダムについては詳細な計画が定められているが、針畑川ダムについては洪水調節量が配分されているのみで、計画位置はもちろん計画諸元も全く策定されていない。つまりこの事業が完成する見込みは、今後少なくとも数10年を要すると想定されるが、北川両ダムによる常安橋基準点での洪水調節効果量が395m3/sであるのに対し、針畑川ダムが636m3/sにもなっていることに注意を要する。もし現況河道において危険な個所があるとした場合は、このような巨額の経費を要する上に完成見込みもないような無責任なダム計画に対策を委ねるのではなく、速やかに河川改修を実施すべきである。
4.流域の地形条件に適った治水対策の提案
4.1治水対策の考え方
(1)今日の治水対策のあり方
2000年12月に「流域での対応を含む効果的な治水のあり方」と題する河川審議会答申が出されており、これが現在進められている治水対策の基本的な考え方となっている。
本答申の大きな特徴は、従来の治水対策が河道から洪水を溢れさせないことを基本的方策としていたことを改め、流域全体での対応を講ずるべきとしたことである。つまり流域での対応とは、河道への流出量を抑制する面的対策を流域全体で進めること、同時に洪水が溢れることをも想定し、その氾濫域においてもその場合の被害を最小化するような対策を講じるべきこととしたものである。そしてそうした治水対策を進めることが全体として効果的であることを示したものである。
こうした考え方の背景には、従来のダムや堤防、河道拡幅などのハード中心の対策には財政的にも時間的にも限界があることと、溢れる側での警戒・避難・減災というソフト対策を組み合わせることがより効率的・効果的であることが明らかになってきたことがある。これらは1995年阪神淡路地震で壊滅的な被害を受け、また2000年9月東海水害では未曾有の量の豪雨に見舞われたという苦い経験を教訓としたものである。
(2)答申に示された具体的な治水対策
このような基本的な考え方に基づく答申の内容を概観すると次のようである。
先ず、流域的対応というときの「流域」を、雨水が河道に集まる洪水の流出域と、洪水が溢れる側の氾濫域に分け、さらにこの氾濫域を都市部とそれ以外に区分して捉え、それぞれの地形地理的特性や土地利用の状況に応じて効果的な氾濫域対策を講じることとしている。
ここで特徴的なのは、地形地理的特性に応じた氾濫域対策を謳っていることである。つまり先ず、洪水が氾濫してもそれが広がらないようなところでは(山間部など)、狭い耕地をつぶしてまで連続堤を築くなどより、土地利用の状況に応じて輪中堤や家屋の嵩上げなどの現実的な対応が考えられる。逆に氾濫流が広がってしまうような地形条件では連続堤とするのが好ましいが、上記のようにそれにも限度があるため、これを補完するものとして、霞堤により氾濫流を遊水させることにより洪水流量を低減させることや、氾濫流を河道に戻す機能を確保することが重要と指摘されている。
また二線堤についても、「氾濫箇所から一定以上の範困に洪水を拡散させないなど、被害の範囲を限定する観点からすると有効な手法である」等とこれらを重視すべきことが指摘されている。
4.2 基本高水流量の見直しによる河川改修の検討
先述のように、県の事業計画書においては、カバー率の採用に関する問題がある。県の計画では
カバー率76.7%に対応する基本高水が採用されたが、「建設省河川砂防技術基準(案)」で例が多い
とされている60~80%の中間のカバー率70%の流量を採用すると、基本高水流塵は3,076m3/sとなる。
また、一計画規模に関しては、それを1/100としたことについて問題があることを指摘した。「建設省河川砂防技術基準」(案)に基づくと、安曇川の河川の規模、流域の土地利用、人口規模・密度等から考えて、ここではD級程度と設定するのが妥当な水準と考えられる。したがって、計画規模を1/50程度としても安義川流域の状況に対応する治水安全度は十分に確保され、この場合の安曇川の改修計画の実施可能性を検討する。
県の事業計画書(74頁)によると、計画規模1/50の場合の基本高水流量は2,500m3/sとされており、同168頁にそのときのダムで洪水調節をしない場合の堤防改修費がまとめられている。これによれば、上流部では改修の必要はなく、下流部の12,000m程の区間での河道改修費用が150億円程度となっている。これはダム事業に要するとされる390億円よりもはるかに小さい金額であり、経済的には十分実施可能なレベルと考えられる。
元よりここでは計画規模1/50の場合の基本高水流量が2,500m3/sとされていることについては、今ある資料では検証できないものであり、また同168頁に記載されているような一律的な引堤工法が妥当かどうかについても同様であるが、ここでは主要な議論ではない。
4.3 安曇川に求められる今日的治水対策
今日のあるべき安曇川の治水対策について、以下に考察する。
先ず洪水の流出域である上流部では流出増となる各種の開発行為を規制することと治山を進めることが重要である。山地部の流出域における森林を整備する(森林をよく手入れし、さらに杉・檜などの針葉樹の人工林を針葉樹と広葉樹の混交林に変えるなど)ことにより、洪水のピーク流量を減少させ、山腹の斜面崩壊を防ぐことができる。そして治水対策としても、下流部での洪水のピーク流量が大きくなるような過度な河道改修は行うべきではない。つまり直線的に一定幅で改修した河道より、蛇行屈曲して全体の面積の大きい河道や、山間部などで適度に溢れるような状態の方が河道での洪水貯留効果があり、また洪水の下流への到達時間も長くかかることによりピーク流量を少なくするなどの効果がある。
そうした意味では、県がダム計画との比較のために作成した上流部も含めた全川の改修案は凡そ非現実的なものであり、そうした比較そのものが意味をなさないものである。計画書の176頁においては、河川改修計画の河道幅が示されているが、二線堤や霞堤を含めて、現状の堤防の配置を全く無視したものになっている。二線堤や霞堤、さらには堤防周辺の水害防備林(竹林)も全く活かされることのない河川改修計画であることがわかる。このような画一的な河川改修をするべきではない。
下流部では、1章で述べたような河川の特徴を活用して、二線堤や霞堤、さらには堤防周辺の水害防備林を活かすような河川改修を進めることが重要である。右岸側の常磐木の二線堤や、左岸側下古賀の霞堤などはまさしく先述の河川審議会の答申に上げられた治水施設そのものであり、とりわけ常磐木では昭和28年以来氾濫はなくとも、地域では未だに越流防止のための角落としが準備されているほどである。これは本答申が、「5.地域の理解と協力」という章立てをしてまでも、流域の治水対策が一人行政のみによってなされるものではなく、流域住民と共になされるべきとする考え方と全く合致するものであり、地域住民の方がそうした考え方を先取りしている好例ともいえるものである。
ここで県の広報資料(「みずたま通信第3号」)において、遊水地の評価として「住宅地、農地が広範囲に消滅します」と記載しているのは事実に反するものであり注意を要する。つまり遊水地とは、基本的にはそうした地形地理的条件にある土地を指すものであり、日常的には農地などとして利用されているのが一般的なもので、安曇川町でもそうである。或いは大阪府寝屋川治水緑地のように行政によって全面買収された場合でも、日常的に大規模な公園施設として利用されているのが一般的である。これに対し、ダムの湛水域は洪水時の危険のため他に利用のできないものである。
おわりに
現地調査と滋賀県が作成した「淀川水系安曇川 北川治水ダム事業計画書」を中心とする資料の検討結果に基づいて、北川ダム計画の問題と安曇川の治水対策について述べた。主な結果をまとめると、次のようである。
(1)安曇川の治水計画において基本高水流量が過大である。
まず、安曇川の計画規模を1/100としたことは、「建設省河川砂防技術基準」(案)に照らしても妥当ではない。単にダム計画を根拠付けるためだけに過大に設定されたと考えられる。計画規模を1/50程度とすることにより、むしろ安曇川流域の地形的特性に適った治水安全度が十分に確保できると考えられる。
(2)適切な基本高水流量を設定すると、ダムによらない安曇川の治水対策は可能である。
上述の(1)で述べた検討結果に基づいて、安曇川の計画規模を1/50程度としても、安曇川流域の状況に対応する治水安全度が十分に確保できると考える。県の事業計画書に基づき、基本高水流量を2,500m3/sとした場合にも河道改修は実現可能と考えられ、ダム事業に要する費用よりも大幅に削減されることがわかった。
(3)流域の地形条件の特徴を活用して安曇川の治水対策を進めるべきである。
安曇川の上流部の河道の形状は深い掘り込み状となっているため、洪水が氾濫しても浸水は局地的な範囲に納まると考えられ、全川的な河川改修は不要である。下流部の河道形状は築堤となっているが、周辺の土地利用は農耕地が主で、集落が散在している。
安曇川合同井堰より下流常盤木地区までの区間の谷底平野では、河岸段丘が形成されており、集落は河岸段丘上の高い位置にある。この区間では安曇川が氾濫しても人家に被害が及ぶことはほとんどなく、谷底平野の地盤が低い場所は農地として利用されている。安曇川の堤防は不連続の霞堤方式になっており、大洪水時には農地は遊水地になる。常盤木地区より下流域では扇状地が形成されており、常盤木地区から安曇川大橋までの区間は河川領域が大きくなっている。この区間には、今日めずらしくなった二線堤が現存している。このような二線堤や霞堤、さらには堤防周辺の水害防備林を活かすような河川改修を進めることが重要である。
以上のとおり、ダムに依らなくとも安曇川の安全な治水対策は可能であることが明らかになった。また基本高水流量を適正に設定することが重要であることも本文中で指摘したとおりである。
最後に治水安全度の指標として設定される確率規模のあり方について言及しておく。安曇川の場合には年超過確率1/100の降雨を対象に治水計画が立てられているが、このいわゆる「100年確率」とは、流域に暮らす住民が一世代の間に一度も洪水氾濫を経験しないことを意味する。誤解を恐れずに言うならば、「絶対安全」なような規模である。そうした場合には、本来的に洪水氾濫の危険のある地域であっても、その経験は継承されず、流域住民は「ダムや堤防を絶対的に信頼」する結果、自らの水害への備えは失われ、先の二線堤などの被害軽減装置が失われていくことを意味している。そしてその結果大洪水の時には壊滅的被害に遭うこととなるものである。2000年12月の河川審議会答申は、まさしくそうした従来の治水対策の問題を戒めているのである。
安曇川の場合には、現状においてそうした洪水体験の伝承があることにより、超過洪水に対しても被害を最小化するような「地域力」が生きているというべきものである。
100年確率というとんでもない規模の計画を立て、完成までに数10年もかかるような非現実的な対策ではなく、こうした今ある施設・住民の智恵と合意に基づく現実的な治水対策こそが求められているものである。安曇川流域に現存するこれらの治水対策に学ぶべきものは大きいといえるであろう。